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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)1268号 判決 1960年2月27日

事実

原告は被告振出の金額二七一、五七六円の約手(その他の要件省略)の所持人としてその支払を求めたのに対し、被告は、当初本件手形は被告自身が訴外N商店に交付するため手形用紙に金額と振出人の署名捺印だけをしておいたものを訴外Kに窃取されたと抗争し、後に本件手形は被告の妻が被告から代理権授与がないのに振り出したものと主張を変更。

原告は被告の右主張の変更について民訴一三九条により異議を述べた上、被告は受取人白地のまま本件手形をKに交付したもので、その際白地補充権を授与した。原告は手形取得と同時に原告に移転した補充権に基き自己の商号をもつて受取人欄を補充した。仮に被告主張のような不適法な手形であるとしても、原告は善意の取得者であるから、被告は本件手形について、Kに対する抗弁をもつて原告に対抗することができない、と主張した。

理由

(本件手形の作成とその交付について)

証拠によると、被告の妻たるYは被告から同人が訴外N商店に宛て振出交付すべき約束手形の作成を依頼されたので、被告から授与された被告の機関としてその名義を以て振出行為をなすべき権限に基き手形の作成をなさんものと先ず署名の上捺印したところ、押捺された印影はYの錯誤により使用せられた被告の父の印鑑にかかるものであつた。そこでYは他の手形記載事項の記入を取止め、右文書を同家玄関先の机の上に放置して同家裏において所用中訴外Kにより右文書は窃取されたものであることを認めることができ、右認定に反する内容の証人Kの証言(一、二回)及び被告本人の尋問の結果はこれを措信し難く、右認定を動かす証拠は他に存しない。

(本件手形の有効か無効かについて)作成時における前記文書は作成者の主観的見地からすると一片の反故に過ぎないが、証券としての流通可能性なる客観的見地からすると、右が署名捺印の点において抹消され又は何等かの点において第三者から作成者にはこれを手形として流通せしめる意思なしと外形上認めるべき表示が施されない限り、将来白地手形(補充権ある未完成手形)とも、或いは無効手形(完成した不完成手形)とも遇さるべき未完成手形なる一種の証券たるを失わない。この様な手形は、その後署名者の任意に基かず流通におかれた場合には補充権の創設なきことにより未だ白地手形とはならず無効手形であり、その任意に基き流通におかれた場合には補充権の創設移転あることにより白地手形となる。ところで右の認定によると、Yは手形用紙に署名捺印の後その他の手形要件記載の意思を中止し、Kは右状態の作成された手形を窃取したものであるから本件手形は右二個の場合のうち前者に該当するものということが出来る。無効手形はよしや更に第三者が右手形に補充権なきことにつき善意でこれを転得したる上手形要件の補充をしようとも有効な完成手形とはならないし、右補充は法律上有効なる補充ではないから、右のような第三転得者たる原告は白地手形の善意者保護を受けるに由なしといわねばならない。けだし、法律上補充とは白地手形に対する要件補充の謂であつて、白地手形ならざる本件手形の同補充は法律上の補充ではなく、かかる無効手形を有効手形とする法律規定は存せず、手形法第七七条第二項による第一〇条なるものは白地手形に関する規定であり且つ補充濫用の結果既に手形要件が具備するに至つたものの善意取得の場合に限り適用さるべきものと解すべきであるからである。然らば右に関する善意悪意を問わず原告は無効手形の所持人であるから、有効手形の現所持人として請求する本訴は爾余の判断を俟たず理由がない。

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